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福岡高等裁判所 昭和59年(ラ)92号 決定 1984年11月29日

抗告人 徳永繁

右代理人弁護士 衛藤善人

同 三藤省三

相手方 日本道路公団

右代表者総裁 高橋国一郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。所論は要するに、抗告人の本件鉱区における鉱業権及び本件鉱区の一部についての所有権に基づく妨害排除請求権ないし妨害予防請求権を被保全権利とする本件隧道工事の差止を求める本件仮処分申請を却下した原決定は不当であり、とりわけ、抗告人の鉱業権に対し何等の補償もしないで本件隧道工事を強行することを許すことに帰する原決定は不当である、というにある。

二  当裁判所の判断

(一)  《証拠省略》によると、次の事実が一応認められる。

1  本件仮処分債権者である抗告人は、石灰石、大理石等の採掘販売業を営む者であって、昭和三七年に熊本県八代市大字片野川所在の原決定添付図面1、2、3、4、5、1の各点を順次直線で結ぶ七七五アールを鉱区(以下、本件鉱区という。)として石灰石を目的とする採掘権の設定登録(熊本県採掘権登録第四二七号)をし、本件採掘権を取得した。抗告人は、昭和三九年四月二四日、福岡通商産業局長から採掘権に関する施業案の認可を得、本件鉱区において石灰石を採掘し、カーバイト原料の生石灰を製造販売していたが、昭和四二年には経営不振のためこれを中止し、昭和五四年六月五日同局長に対し再び石灰石粉の製造を目的とする石灰石の採掘に関する施業案の認可申請をし、同年九月三日右施業案の認可を得たが、現在まで石灰石の採掘を開始していない。

2  右施業案によると、当面採掘予定範囲を本件鉱区の存在する大平山の中腹にあたる原決定添付図面斜線部分に相当する標高九〇メートルから一三〇メートルまでの約七二〇平方メートルの部分とし、年間三万六〇〇〇トンのペースで露天採掘をするというものである。抗告人は右斜線部分の地表につき所有権を取得している。

3  抗告人が将来本件採掘権により本件鉱区において実際に石灰石を採掘する際は、露天採掘の方法によるため、土地の地表部分について所有権を取得するか土地使用権を取得する必要があるところ、抗告人は原決定添付図面斜線部分を除く本件鉱区の地表部分についてはいまだ所有権あるいは土地使用権を取得していない。

4  本件仮処分債務者である相手方は、道路整備特別措置法の規定に基づき高速自動車国道及び一般国道等の新築、改築、維持、修繕その他の管理等の業務を行う特殊法人である。相手方は、現在、国土開発幹線自動車道建設法に基づく高速自動車国道九州縦貫自動車道を建設中であるが、このうち八代市、人吉市間約四三キロメートルについては、昭和四二年基本計画が策定され、昭和四八年一〇月一九日整備計画が決定され、同日付で建設大臣から相手方に対し道路整備特別措置法の規定に基づく施行命令が出され、さらに昭和五三年三月右区間について路線決定がなされ、一部区間については自動車道の建設工事に着手している。相手方は右路線決定により、原決定添付図面A、C点付近を本件鉱区との境界接点とする下り線用隧道及び同図面B、D点付近を本件鉱区との境界接点とする上り線用隧道を設置することになり、同図面トンネル入口付近の所有権を取得(一部取得予定)し、昭和五九年五月頃から下り線用トンネル入口から下り線用隧道工事に着手し、近い将来上り線用隧道工事に着手する予定である。本件隧道は、入口付近で地下約五〇メートルの深部に設置され、次第に深くなって中央付近から先の方は地下約一〇〇メートルの深部に設置されるものである。本件鉱区内の抗告人が既に所有権を取得している原決定添付図面斜線部分のうちを結ぶ土地部分は、本件隧道部分の直上に相当するが、右隧道部分は地表から約一〇〇メートルの深部にあって、地表の所有権の現実的支配の及ばないところである。

5  前示施業案により、抗告人が当面採掘を予定している部分は、本件隧道との位置関係及び施業案による採掘方法からして、本件隧道工事によっても操業の妨げとなるものではない。相手方も抗告人に対し、施業案による採掘に対し何ら異存はない旨の意向を示している。しかし、抗告人が右施業案による採掘を完了し、さらに本件鉱区内の地表部分につきいまだ所有権ないし土地使用権を取得していない部分につき右権利を取得したうえで施業の認可を受け採掘をする場合を仮定してみると、鉱業法六四条により本件隧道から五〇メートル以内の採掘については管理庁又は管理人の承諾を要することになるため、結局本件隧道の完成によって採掘不能となる鉱区の地下部分はかなりの範囲に及ぶこととなる。

6  本件隧道は、高速自動車国道九州縦貫自動車道の一部となるものであって、右自動車道は既に供用を開始している東名自動車道、名神自動車道、中国自動車道と一体となり九州の大動脈となる公共性の極めて高い施設であり、本件隧道が含まれる八代市、人吉市間約四三キロメートルについても既に部分的に工事が進行しているところもあって路線を変更することは困難な状況にある。

(二)  鉱業権は登録を受けた鉱物を排他的に採掘取得し得ることを内容とする権利である。

鉱物採取のための土地の使用について言えば、鉱業権者は、地表を使用し又は地表を構成する鉱物を採取するためには当該土地について所有権その他の私法上の権利を取得しなければならないが、地表の土地所有権の及ばない地下については、鉱業権の効果としてこれを使用することができる。もっとも、現実の使用は公法上認可された施業案の範囲内においてのみ許されるにとゞまるけれども、鉱業権者は全鉱区内で採取された登録鉱物の所有権を取得確保せらるべき地位を有し、その地位は物権としての保護を受けるのであるから、認可の範囲とはかゝわりなく、盗掘者など鉱区内において不法に鉱業権を侵害しようとする者に対しては、当然これを予防し又は排除する権能を有するものというべきである。

他面、鉱業権者の有する地下の使用権は、登録鉱物の採取を目的としその目的に奉仕する手段たる性格を有するものであるから、地表の土地の所有権が対象土地を直接全面的且つ排他的に支配し自由に使用収益ないし処分し得るのとは異なり、鉱区の地下一般(たゞし現に採掘操業中の現場は別論である。)を直接全面的に占有支配し得るものでないことはもとより、地下を登録鉱物の採取と無関係な他の目的のために行使し得るものでもないことは当然であるとともに、鉱区内の地下を鉱業以外の社会利益のために使用する必要が生じ、一定の公法上の地位に基づいてこれを使用しようとする者がある場合に、当然にこれを拒否しないし排除し得るとは限らないことも、また、これを肯定しなければならない。けだし、鉱業権はその性質上、地下が鉱業的利用の対象として適切である限度においてその必要に応じた地下の使用を許容される関係にあり、もともと国土の一部である地下の利用は鉱業に対してだけ開かれているわけではないから、当該鉱区の地下の使用がなお鉱業的利用の領域にとゞまり得るか又は新たに生じた社会的必要のために委譲せらるべきかは、単なる鉱業権の物権性の演繹としてではなく、両利益の対比の見地からするそれぞれの限界の画定としてこれを決しなければならない。そしてその基準は、社会的価値判断における双方の事業の価値の軽重、地下使用を拒否されることから生ずる双方の事業犠牲の大小、双方の権利の発生又は工事着手の前後等にこれを求めるほかはない。

(三)  ところが、抗告人が現に認可を得ている施業案による採掘事業の実施には相手方の施行しようとする本件隧道工事は何らその妨げとならないものであること、抗告人が昭和四三年以降現在まで本件鉱区において全く採掘事業を行っていないこと、は前示のとおりであって、抗告人が企図する事業が一個の営利企業としてどのていどの経済的ないし社会的価値を有するものであるかはこれを確知しがたいばかりでなく、果して抗告人は相手方による本件隧道工事が支障となる箇所にまで採掘事業を遂行する意思と能力とを有するのかどうか、仮りにその意思も能力も有するとして本件隧道工事との関係以外にはその箇所における採掘を内容とする施業案の認可を阻む事情がないのかどうかも明らかでない。

一方、相手方が本件鉱区の地下に施行しようとする隧道工事は、九州の大動脈として極めて公共性の高い施設である高速自動車国道九州縦貫自動車道建設の一環であり、本件鉱区を避けて迂回することが極めて困難な事情にあることは前示のとおりである。

してみれば、前示規準にてらし、抗告人は鉱業権に基づく妨害予防ないし妨害排除として相手方の本件隧道工事を差止めることはできないものというほかはない。

(四)  抗告人は、相手方が鉱業権について補償をしないまま本件隧道工事を進めるのは不当であると主張するが、仮りに、抗告人が何らかの理由で同工事による補償を受け得るものとしても、そのことは同工事の差止めの根拠とはなり得ないから、右主張はそれ自体理由がない。

(五)  抗告人は本件鉱区の地表の一部についての所有権に基づく妨害排除請求権ないし妨害予防請求権をも被保全権利として本件隧道工事の差止を求めているが、本件隧道は右所有権の事実的支配の及ばない約一〇〇メートルの地下に位置するものであって、右所有権を根拠として本件隧道工事の差止を求めることはできないと解すべきである。

(六)  右に検討したとおり、抗告人の本件仮処分申請は、被保全権利が認められないことに帰し、しかも保証をもってこれに代えさせるのは相当でないから、失当として却下すべく、これと同趣旨の原決定は相当であって、本件抗告は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 蓑田速夫 裁判官 柴田和夫 宮良允通)

<以下省略>

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